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敷地のチェックがひととおりすんだら、次は建物の本体を見直してみる必要がある。
阪神・淡路大震災で被害をうけた建物の多くは昭和から戦後にかけて建設され、屋根は厚い土の層の上に瓦を敷いた葺き土になっているという共通点がある。
これらの伝統的な建造物は、たしかに台風に対しては、屋根が飛ばされたり、家が倒壊しないように、配慮がゆきとどいているといえる。反面、今回のように直下型の地震にはもろい面をさらけだした結果になった。
こういう家では、地震により重い屋根がふられ、ほとんどの家は先に瓦が落ちてしまった。しかし、屋根の土のほうは長年にわたって硬化していて、地震で飛び散ることはなかった。そのため、5,6トンにもなる土の重量が建物全体にかかり、家が押しつぶされ、その下敷きになった人も少なくない。
さらに、家の壁も土で塗り上げたものが多く、屋根だけでなく壁の重さが加わり、被害を大きくしている。
この構造では基本的に柱間(はしらま)は、建具を置くように想定しているため、開放されることが前提になっている。このような一間(いっけん)=182センチ間隔の伝統的な柱間は、水平方向の振動に対しては弱い。
また、これらの建物は置石の基礎の上に建っているというケースが多い。あるいは、無筋のごく簡単な布基礎の上に乗っていることもある。つまり、全体をみると、家の上に瓦と土の重量が乗り、それをシンプルな基礎構造が支えているというスタイルになっているわけである。
今回、家が置石から完全に飛ばされ、あたかも足ばらいをくったようになぎ倒されたのも、頭デッカチの屋根のこの構造によるところも大きい。
このような建物はそれらがつくられた時代においては伝統にのっとったものであり、前述したように台風に強く、同時に住みやすく、かつ風格のある重みのある住まいとして尊重されてきた経緯がある。
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とはいえ、これらの古い家はその文化的な価値にかかわらず、地震に対しては脆弱なことも事実である。したがって、頭デッカチの構造をもった昔からの家に住んでいる人は、改築や屋根の改造などもふくめた耐震対策をたて直す必要がある。ここでは建物の構造について、耐震のポイントを点検していくことにする。